賢治と虹

tamisan

2011年08月26日 20:10


 朝早く、近くの公園にウォーキングに出かけたときのことです。
 ストレッチをした後、ベンチに座って休んでいると、
 木々の上から太陽の光が差し込み始め、 足元の草がダイヤモンドのように、
 赤や黄、緑やオレンジや白などの光を放ちだしたのです。
 それを見ていて、宮澤賢治の「十力(じゅうりき)の金剛石」という童話を思い出しました。


 それはある霧の深い朝、主人公の王子が友達の少年と一緒に、
 虹の足元にあるというルビーの絵の具皿を求めて、森の中に入っていく物語です。

 虹を追いかけているうちに、二人は不思議な世界へ迷い込みます。
 そこでは、二人の帽子飾りのハチドリも自由に飛びまわり、人の言葉を話しだすのです。
 降る雨は、トパーズ、サファイヤ、ダイヤモンドなど色とりどりの宝石となって落ちてきて、
 ぶつかり合っては小さな虹を上げるのです。
 草も花も美しく輝く宝石でできていて、目も綾な光の虹に彩られています。
 そこは、すべてが宝石でできた素晴らしい光の丘でした。

 けれど何故か、光の丘の住人たちは心満たされぬ思いでいるようで、
 十力の金剛石という貴重な宝石が下るのを、焦がれるように待ちわびています。
 悲しみにくれて彼らは叫びます。

    『十力の金剛石はけふも来ず 
     めぐみの宝石(いし)はけふも降らず、
     十力の宝石の落ちざれば、
     光の丘もまっくろのよる。』



 ・・・・そしてやっとその宝石が光の丘に下ったとき、世界は一変します。
 草はみずみずしくたおやかな本当の草になり、
 花は、柔らかな花びらと香りを持った本当の花に変わります。

 十力の金剛石とは、すべての生命を内側から輝かせる露だったのです・・・・。
 そして、青い空、輝く太陽、ふきわたる風、かぐわしい花、柔らかな草、
 涙に輝く瞳・・・・ありとあらゆるものが十力の金剛石だったのです。

 こうして二人は、草が草であり、花が花であるあたりまえの世界に戻ってきます。
 けれど、そこはもう前と同じ世界ではありません。
 ありのままの世界そのものが、
 何ものにもかえがたい本当の美しさと貴さに満ちている・・・・。
 そのことを知った二人は、
 ひざまずいて感謝の祈りをささげた後、静かに丘を下っていくのです。


 ・・・・私にとって賢治の童話は、
 極楽浄土をこの世につなぐ、美しい虹の橋のように思われます。


                    ★「十力の金剛石」  新集宮澤賢治全集  筑摩書房刊

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